からの続きです。

帰宅
2001年8月某日、真夏の鹿児島に帰って来ました。西鹿児島駅(今の鹿児島中央駅)からバスで自宅へ帰ることにしてバス停へと向かいました。1番線の乗り場で時刻表を確認すると20分程あったので、一度構内に戻ってカステラという鹿児島で有名なお菓子を買いました。戻って直ぐにバスが到着し、乗り込みます。帰宅ラッシュの時間と重なって座席には座れませんでしたが、特に混雑はしていないので中央の少し広い場所の銀色の掴まり棒に半身を預けながら、久々の鹿児島の街を眺めて帰りました。家に着くと次兄が迎えてくれ、カステラを食べながら5月6日に埼玉で別れてからの顛末を話しながら過ごしました。晩御飯はかつ丼だったっけw。(結局、大病を患ってもカロリー制限なんて余程の覚悟がないとできないのだと思います。)

失業給付
数日が過ぎてから、職業安定所に失業給付の手続きに行きました。会社都合扱いだったので失業保険は直ぐに出るとの事で少し一安心です。しかし、3ヵ月しかありません・・・その後どうするか、不安も一杯でしたが、取り合えずは行動するしかありません。栃木でも一年間、一緒に仕事をしていたY氏に連絡をして、現在の鹿児島の状況などをリサーチしましたが、技術系は中々難しそうな雰囲気でした。しかも、私、重病人ですしね。

認定日
一回目の認定日が直ぐに訪れて、金額は覚えていないのですが、多分18万円位が支給決定されたような記憶があります・・口座への振り込みはもう少し後になります。認定日で職安を訪れたついでに、職安の掲示板を見ていると、9月開講の職業訓練の募集がありました。試験まで期間がわずかだったので、直ぐに申込をすると、翌日に事前説明会があるので行った方が良いとアドバイスされて、翌日に説明会に参加しました。何だか学生気分でワクワクしましたね。

試験と面接

説明会の翌日だったか翌々日だったかに、試験と面接が行われました。現地では広い講堂に結構な人数の人が集まっていてほぼ満席です。やや緊張しながら試験開始されましたが、試験はそれほど難しくはなく、空調も効いて快適で楽しんで終われる感じの奴でした(昔教員採用試験を受けた時の灼熱地獄と問題の難しさとの対局にありますw)。アンケートに志望する学科を第三希望まで書いて、試験が終了。午後は面接でした。私は、第一志望に「ビジネス情報科」という3ヵ月の科目を選択したので、面接では、「なぜ職業訓練を受けようと思ったのか?」「就職活動の進捗の度合いは?」「なぜこの科目なのか?」などを質問されました。(元々、情報関連のプロなので一見何も学ぶ事など無いと思われるかもしれませんが、この時代はまだ、ワープロソフトも表計算ソフトも乱立している時代で、私自身も、某企業のシステムに特化していたので、Microsoftワードもエクセルも使用した経験がなく、ましてや経理の知識も皆無、インターネットもしてませんでしたので、ここで学ぶ内容は後の人生に大きな変革をもたらす事になるのです。)

合格通知
面接が終了し、数日後に郵送で合格通知の入った茶封筒が届きました。2001年8月末日の事でした。
さまざまな書類が同封されていて、入所式までに準備をしておかないといけません。何だか、本当に、学校に入学するんだなという感覚で、新鮮な気分がしていました。お祝いは寿司。(糖質制限との出会いはまだまだ長い道のりです)

-----------次回は、職業訓練 ビジネス情報科で学んだ事




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糖尿病性足壊疽の切断を回避した証明写真(グロいです)

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