・・・・続きを書きます。

解離性大動脈瘤発症直前 
2001年5月7日月曜日は 夜勤シフトのため、仕事は20:00からです。その週は夜勤の週なので、睡眠のタイミングそのものを昼型生活のそれから、夜型生活へと変更する必要があり、初日だけ強制的に徹夜を行います。いつものルーチンワークが始まりました。


直前の行動

5月6日日曜日 23:25 当時の生活パターンなら「 ガキの使いやあらへんで 」を見たはず。カレーの気持ち?的な話をダウンタウンがしていたような覚えがあるようなないような。

番組を観終わり、自転車でビデオ屋さんへ向かいます。

自宅の「おおとりハイツ」から200m程の場所にあるビデオ屋さんです。

少なくとも6時間潰さないといけないので、慎重にビデオを選んで行きます。
ちょっとエッチなコーナーも覗きつつ20分位経った頃でしょうか・・少しお腹が痛くなりました。これは便意的な感じの腹痛です。

早く帰ろうと思い、手にしていた分のビデオをカウンターまで持って行きました。レンタルの手続きをしている最中に、腹痛が少し異様な痛みに変わりました。背中全体が引っ張られるような痛みと内臓が緊張しているような変な感覚。

店員さんに「トイレ借りれませんか?」と言うと「申し訳ありません」との事だったので、まぁ家も近いですし、何とか帰ることにしました。

意識喪失
当然、痛みが激しくなり、自転車には乗れません。自転車を押しながら、自宅方向へ向かいます。
途中で、ドン!と背中を叩かれたというか刺されたというかそんな感じがして意識を失いました。
(自宅とビデオ屋さんの中間の赤印に自転車が放置されていたとの事)

無題


・・・何分程、意識を失っていたのかは分かりませんが、夢の中で村田君の「エリーゼのために」を散々聞かされて目覚めました。そのまま、地を這うように自宅まで帰りました。

玄関でうずくまったまま暫く動けず、呼吸も苦しく、極端な過呼吸の状態です。

この時、会社が設置している着信専用の電話が鳴ったのですが、とる事ができず・・誰だったのかは今でも分からず。この時、一瞬切り替わった留守電の時報が「午前1時10分です」と言っていた。

暫く、うずくまったまま耐えていると、何とか動けるようにはなりました。


自己解決を試みる
それにしても「痛い」、この痛みをどうにかできないものかと思い、何となく「温めたらよさそう」と思い付き、やっとの思いで服を脱ぐと、シャワーで背中を温めました。

これは結構楽になりました。シャワーで温めている間は痛みがかなり和らぎました。

何となく「何とかなりそう!」と思い、シャワーから出て、服を着ました。

3分後
・・・・・激痛・・・・過呼吸・・・・こりゃダメだな。
このまま寝たら、明日の太陽は見れねぇや!

救急車を呼ぶ
諦めて、救急車を呼ぼう!と思い立ち、携帯で呼ぼうとしますが、充電不足の為起動しません・・・
「困ったなぁ・・コンビニまでいくかぁ」

カバンに身分証や保険証、充電不足の携帯電話、簡単な着替えを詰めると、目と鼻の先にあるコンビニ(ファミマだったと思う)まで息も絶え絶えに歩き、あの公衆電話の赤いボタンを押したのでした。

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・・・・・・・・・事件ですか? 事故ですか?
(私)救急です
・・・・・・・・・どのような状況ですか?
(私)背中が痛くて
・・・・・・・・・ご自身ですか?
(私)はい
・・・・・・・・・いつ頃からですか?
(私)一時間位前からです
・・・・・・・・・明日までは我慢できなそうですか?
(私)無理そう
です
・・・・・・・・・どなたか病院まで連れて行ける方などはいらっしゃいませんか?
(私)深夜ですし、土地の者でないのでいません
・・・・・・・・・了解しました、直ちに救急車が参りますのでそこを動かずにお待ちください

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といったやり取りの後、5分程で救急車が到着しました。

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・・・・・・・・・意識はありますね?
(私)はい
・・・・・・・・・ご身分証等はお持ちですか?
(私)はい
・・・・・・・・・土地の方ではないとの事でしたが、ご出身は?
(私)鹿児島です
・・・・・・・・・いつ頃から痛みます?
(私)ついさっきです
・・・・・・・・・車動きますから、横になって貰えますか?
(私)仰向けだともの凄く痛いです
・・・・・・・・・安静が優先なので寝て下さい?
(私)(無言)痛いが仰向けに寝ないと出発してくれそうにないので寝る。
・・・・・・・・・これはもしかすると心臓かもしれないから自治医大の方が良いかもわからんね。
・・・・・・・・・ちょっと遠いですけど、辛抱して下さいね


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サイレンの音を聞きながら、30分程で自治医大へと着きました。

救急隊員の方から当直の医師へと引き継がれます。
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・・・・・・・・・どの位の痛みですか?
(私)ちょっと比喩が難しい痛みです
・・・・・・・・・急にですか?
(私)はい
・・・・・・・・・ちょっとニトロを入れますね
。舌の裏で溶かして下さい。
(私)はい
・・・・・・・・・どうですか?
(私)めちゃめちゃ痛みが和らぎました
・・・・・・・・・あーやはり心臓周辺だねぇ。
(私)はぁ
・・・・・・・・・場合によっては緊急手術もあり得るので、ご親族とご連絡とれますか?
(私)とれますけど、今は夜中なので朝になってからでも良いですか?
・・・・・・・・・いや、そういう余裕はないです。
・・・・・・・・・もう直ぐに手術が必要かもしれないので。
(私)でも、今は痛みがかなり引いているので大丈夫ではないですか?
・・・・・・・・・大丈夫ではないです。
・・・・・・・・・詳しいことはCT等を撮らないと解りませんがかなり急ぐ必要があります。
・・・・・・・・・こちらで電話しますから、電話番号を教えて下さい。
(私)判りました。埼玉に兄が居ます
、****-**-**** です。

・・・・・・・・・でわ、ちょっと痛みを和らげる点滴しますね。

CT検査室へストレッチャーで運ばれていく私・・・・

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2001年5月7日 の私の記憶はココまで。

後で聞いた話
兄は、急遽仕事をキャンセルし、朝8時頃には着いたらしい。

病院の医師からは「今夜が山です」と言われたらしい。

しかし「次に発作があれば望みは薄い」と言われたので、覚悟はしたと言っていた。

雑感

私の意識が戻ったのは8日の午後の事で、ストレッチャーから病室のベッドへ移される時だった。
かなり重かったらしく、8人がかりで移動して貰ってた、その賑やかさで一瞬起きたのです。

この時の記憶は朦朧としている筈のなのに、あまりに鮮明で「この世に生まれ出た時の気持ちってこういうのかも」と今でも感じているのです。だから、5月8日はもう一つの誕生日なんです。
それにしても、あの8人の爽やかな笑顔・・良かったなぁ。「重いんじゃないんですよぉ 安全の為ですからねぇ」モノは言いようですが、ありがとうございます。

そんな一瞬を感じた後は、直ぐに眠りについて、その後も一日に一度目が覚めれば良い程度で、絶対安静の処置とモルヒネか何かで痛みを緩和する療法が取られていた。

この間も、村田君はよく夢の中に出てきて、禁じられた遊びを弾いてくれたなぁ。
最後にスピリチュアルな話で申し訳ないような気もするのですが、この村田君はこの時は既に白血病の為に亡くなっていたそうで、2013年にそれを聞いて、もしかしたら、村田君が俺の事を助けてくれたのかもなぁと思ったりします。

村田君は私が千葉で新聞奨学生をしていたころの仲間で、千葉大に通うとても頭脳明晰で優しくて、良い奴というのは彼の為にあるような言葉だなぁといつも思わせる男でした。君には政治家になって欲しかったな。それにしても、村田君、実際上手かったけど「禁じられた遊び」更に上手くなったよなぁ・・夢の中のフィンガースタイルはもうプロじゃん。今年中にはまた、お墓参りに行くよ!

生かしてくれてありがとう。

入院生活は、義理の姉がほぼ毎日来てくれてサポートしてくれました。元看護士なので、とても心強かったですねぇ。姪っ子達も来てくれて、沢山看病してくれました。看護師さんが私の事を「オジサン」と呼ぶものだから、「オジサンじゃなくてお兄ちゃんだよ!」というエピソードも懐かしいし、職場の人も殆ど見舞いに来てくれて、一人は、看護師さんと結婚したっけw・・めっちゃ美人の看護師さんだったもんなぁw。岩ちゃんと姪っ子達のみっちゃん争奪バトルも面白かったなぁ。

まぁ、生きているだけで丸儲け!どんな出来事も素敵な思い出にして行きます!
これからも、人生を楽しんで参ります!

ハッピーバースディ 俺!! そして、みんなにもっ!


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当ブログは ↓ の内容を知って貰いたく書いております。

糖尿病性足壊疽の切断を回避した証明写真(グロいです)

お時間ありましたら読んで頂けるととても喜びます。
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