前編からの つづき(これも長くなるので、かなり暇のある方だけお読み下さい)

左足切断回避への情報収集
そうして、転院宣言を無事に済ませた私は、病室に戻り、両親と暫く話をした。両親とも「切れば大変だから、可能性のあることは試さないとね」という意見で一致し、その日は帰って行った。
両親が帰った後、練馬光が丘病院の情報を集める作業に取り掛かったのですが、ここで事件がっ!!

絶望
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外来終了について(傷の治療センター)

傷の治療センター 夏井 睦医師の退職にともない、8月いっぱいで傷の治療センターの外来診療は終了となります。
ご迷惑をおかけし大変申し訳ありません。何卒よろしくお願いします。

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ときたもんだぁ・・・・・うっそだろぉぉぉぉっ

なんと、練馬光が丘病院に夏井先生はもういない! という情報に出くわし、足切断は宣告されるし、希望の光だった夏井先生は居ないし・・・究極のダブルパンチです。
もうこれは詰みましたよ完全に、もう自分の運命を呪いましたな、小一時間虚空を見つめ幽体離脱しましたよマジで・・絶望とはこういうことだなぁ・・・と思いながら、段々と冷静になると、「まぁ、仕方ないマゴットセラピーもあるし、そういう運命だな」と思い直し、「で、夏井先生はどうされるのだろう?」と調べていると、夏井先生のサイトに10月から開業される「なついキズとやけどのクリニック」のリンクを発見し「15日待てば行けるかなぁ」とも思いましたが、あと15日も糖質タップリの病院食を食べる気はしないなぁ~と思いながら、夏井先生のサイトを眺めていると、湿潤治療関連の医師リスト というリンクにこの時初めて気づきました。でも、「鹿児島には居そうにないよなぁ」と思いながら辿ったリンクのその先に見たものは・・・・・

希望の光


南鹿児島さくら病院 内科/田頭 秀悟



キターーーっ(≧◇≦)
居てくれたぁ助かったぁーーーっ(ToT)/~~~
とその時は心の底から思いましたねぇ。それが、南鹿児島さくら病院の田頭秀悟先生を初めて認識した瞬間でした。「リンク貼っててくれてありがとうございます」という感じでした。もちろん、受け入れてくれるかどうかは分かりませんし、糖質制限を実践できるかどうかも未知の状態ですが、ほんの一時間前には「人生詰んだ」と思っていたのですから年末ジャンボ当たったのと同じ位の喜びだったと思います。

しかし、主治医には「練馬光が丘病院に行きます」と宣言しちゃったので、この後、「南鹿児島さくら病院」に変更をお願いするお手紙を書いたのでした。


交渉と説得
2017年9月13日 切断宣告の夜が明けると、高気圧酸素治療へ向かう前に、昨夜書いたお手紙をナースステーションに預け、お昼前に酸素治療から戻ってくると、地域医療連携室の社会福祉士さんがやってきました。

社会福祉士さん「もう予約は取られたんですか?」
私「いえ、まだです、しかし、病院のホームページを見ると、特に予約が必要とは書いていないので、紹介状を作成して頂けば、そのまま行きます」

社会福祉士さん「え、それはダメだと思います、先生に相談してきます」
私「わかりました、お待ちしてます」

主治医を連れて
、戻って来ました。

主治医「〇〇さんの状況は、慎重にも慎重に事を運ぶべき状況なんです。予約もしないで、いつ田頭先生に診て貰えるかもわからない状態で退院なんて許可できません。」
私「先生のおっしゃられる事もよくわかるのですが、ここに入院する限り、糖質食べさせられるということが嫌なんです。」

主治医「・・・・南鹿児島さくら医院に受け入れ態勢を聞いてみます」

---------------20分後 主治医と社会福祉士が戻って来ました

社会福祉士「確かに予約は必要ないとの事でしたが、田頭先生の診療日は二週間後だという事でした。」
主治医「命に関わる状況なので、退院は許可できません。あと二週間、入院していて下さい」

私「無理です。二週間自分で患部洗浄して過ごします。」

社会福祉士「・・・・ご意向を南鹿児島さくら病院にお伝えしてみます」

----------------20分後 主治医と社会福祉士が戻って来ました

社会福祉士「田頭先生と直接お話することができまして、明後日15日は診察日ではないけど診て下さるそうです。」
主治医「一先ず良かったですね。でわ、田頭先生宛てに紹介状を書きますが、適応が無い時は直ぐに帰って来て下さいね、手術スケジュールなどもありますので、15日に診察して頂いたら結果をすぐに連絡して下さい」

私「お手数をおかけ致しました。ありがとうございます。でわ、明日まで宜しくお願い致します」

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旧来の医療との別れ
そして、さらに一夜が過ぎ、退院の日9月14日
病院の去り際に主治医が声を掛けてくれました。

主治医「糖質制限は私には分からない分野の治療なのでどうとも言えませんが、適応があると良いですね。適応が無い場合は、直ぐに再入院できるように体制は整えておくので、直ぐに連絡して下さい。上手く行くように願っています。」

そして、管理栄養士さんも来てくれました。

管理栄養士「やはり、糖質制限をされるんですか?うまく行くと良いですね。またどこかでお会いできると良いですね。お元気で。」


そうして、私は、現行主流の糖尿病治療に別れを告げたのでした。

新しい医療との出会い
2017年9月15日 9時 に 南鹿児島さくら病院の門を叩く。

暫く、質疑応答などして、糖質制限+湿潤療法を試したいと思った経緯などを話しました。

田頭先生「経過を診ながら色々考えて行きましょう、スーパー糖質制限で頑張りましょうか。では患部を診せて下さいね。」

患部のドレナージルートを確保するワイヤーを設置し、何やら不思議な綿を患部に詰めると、包帯で包みました。

田頭先生「ちょっと遠いからあれですが、来週これますか?」
私「え、あっ はい、来ます。」

嬉しかったですねぇ。少なくとも一週間位は入院だろうなぁと思っていましたし、おとといは「足切断します」って言われているのに、今日は、「じゃっ又来週」って落差があるにも程があるでしょうって思いましたが、ちっとも不安がなかったですね。「常識を疑え!」が私の確信、そして信念へと変わった瞬間だったのかもしれません。
病院を出て直ぐに「田頭先生に引き受けて頂くことになりました」という報告を元主治医へと行い。本格的な糖質制限との付き合いがこの時に始まったのでした。

左足切断宣告を証明する書類
とても長くなりましたね。転院時に作成された紹介状を添付します。情報をつぶさに紐解けばどこの病院に入院していたかは分かるかもしれません。私は「切断」という判断が誤診だとは思いません。現行医療ではそれが当然の判断だからです。だから、あえて、主治医の名前も医療機関の名前も伏せます。
ですが、多くの糖尿病を由来とする切断は人災だと思います。医学界の体質改善を強く望みます。
田頭先生は実名を公開してブログも開設し、病院名も明かして活動されているので伏せる必要がないので公開で宜しいかと・・無断ですけど、次の診察の時にでも許可を取ろうと思います。私の名前も公開しても良いのですが、一応伏せておきます・・ファンが増えると困るのでw
次回は、実際の足の写真で、どういう状態のものが、どうなって、結局どうなったかを書きたいと思います。
紹介状001


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当ブログは ↓ の内容を知って貰いたく書いております。

糖尿病性足壊疽の切断を回避した証明写真(グロいです)

お時間ありましたら読んで頂けるととても喜びます。
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