2021年12月1日 本日の鹿児島県北西部は曇り。

とうとう今年も最後の月ですね・・みなさまどんな一年でしたでしょうか。
泣いても笑ってもあと30日!楽しんで駆け抜けましょう♬

さて、本日は哲学記事の日ですね。先週はお休みしたのでの今日はちゃんと書きましょう。

本日のお昼、モス、菜摘のてりやきチキン と 菜摘のフィッシュ と ウーロン茶S
無題


500年~1000年付近の哲学
この時代はそれまでに発生した哲学がそれぞれに後世に伝えられた時代でした。最も活発に変遷したのは「新プラトン主義」で、カッパドキア三教父により論理的になった神を土台に、キリスト教を説明するための考え方としての新プラトン主義という立ち位置で一般の中へ更に浸透していきました。
古代ギリシャ宗教への回帰を目指した後期プラトン主義もありましたが、その考え方すらも取りこんで、新プラトン主義はキリスト教との親和性を深め、その後の世界の発展へと寄与することになります。
しかし、キリスト教の浸透にもこんなにも長い年月がかかっていることを思うと、この勢力の辛抱強さに脱帽してしまいます。そうした人類の思考錯誤の末に生み出されるスコラ哲学・・次回はスコラ哲学について書いて参ります。

ちなみにこの頃のアジアは仏教が大流行、538年には飛鳥時代の日本にも仏教が伝来して法治国家としての産声を上げ、奈良時代、平安時代と進む中で、仏教を基礎とした密教なども盛んになり、神道、仏教、密教の各派閥がさまざまな陰謀を動機に活動する中で、都市国家としての基礎が構築されて行きました。

500年~1000年と言う時代は、西洋ではキリスト教が、東洋では仏教が、それぞれ咀嚼されて進化し、民衆に溶け込んでいった時代なのでした。どちらが正しいと言うものでもないですが、私は龍樹の「中論」考え方が好きなので、大乗仏教派なのかもしれませんが、釈迦の考え方も好きなので、大枠で仏教派です。キリストと釈迦はよく似た考え方ですが、龍樹はこの二人とは根本が真逆に感じます。二人が世界の一切を一つの存在とするのに対して、龍樹はこの世界は一切「空」であると説くのですよね。この辺が、世界5分前仮説や、世界シミュレーション仮説などを彷彿とさせて面白いのです。ともかく、500年~1000年という時代は、宗教と人類が密接になっていった時代とも言えます。そして、それは人が国家と市民という形を形成する中で政治的にも利用されたという点は興味深いですね。