2021年4月7日 本日の鹿児島県北西部は快晴。

タイにタイの地元企業アマゾンフォールズとの提携でソニーがテーマパークをつくるようですね。ゴーストバスターズから35年~行ってみたいなよその国。 ここでの業績が良ければ日本でも作るでしょうか・・・熊本か福岡あたりにお願いします。
さて、2週間お休みをいただきました哲学記事を書いて参りましょう♬ 本日はエピクロス派

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エピクロス氏
*************以下Wikipedia要約************
エピクロス氏(紀元前341年 – 紀元前270年)は、快楽主義などで知られる古代ギリシアのヘレニズム期の哲学者にして エピクロス派の始祖。現実の煩わしさから解放された状態を「快」として、人生をその追求のみに費やすことを主張した。後世、エピキュリアン=快楽主義者という意味に転化してしまうが、エピクロス自身は肉体的な快楽とは異なる精神的快楽を重視しており、肉体的快楽をむしろ「苦」と考えた。
**********Wikipedia要約終わり*************


エピクロス派

エピクロス氏はデモクリトス系の思想体系を引き継いでいて「それ以上分割できない原子と空虚から世界は成りったっていて、それを認識するものが感覚であり、認識が人によって異なるのは感覚を評価する際の思考過程の違いによるもの」という考え方を柱にしました。ストア派が「徳を目的として異常なまでの質素倹約を推奨した」のと真逆の「快楽こそが人生の目的であって善の体現である」と主張して対立したのがエピクロス派でした。人類における「禁欲主義 VS 快楽主義」の始まりが、「ストア派 VS エピクロス派」であると言えます。本来は「自然選択的な快楽を追求することを善として、欲望のままに生きることではない」というのがデモクリトス派の軸ですが、ストア派との対立における「風説の流布」によって「欲望のままに生きる快楽主義者」とのレッテルを貼られ、プライドから反論も行わなかったエピクロス派は下火となり、ローマ帝国の時代になるとローマ人達はエピクロス派の人々を「欲望の奴隷」と蔑み、次第に歴史の渦の中から消えて行きました。ティトゥス・ルクレティウス・カルスという哲学者で詩人であった人物が紀元前60年頃に「事物の本性について」という著書の中で、エピクロス派の宇宙論について詩の形で解説し、エピクロス氏の説いた快楽主義の本質について残し、それが1417年に発掘され、中世において再評価され、現代哲学の重要な要素の一つとなって復活しました。
現代でも「エピクロス主義」と言う場合は、欲望の奴隷の方の快楽主義を指す場合が多いですが、エピクロス氏が主張したのはあくまでも「人が自然に生きる場合に必要な快楽を得て行こう」という事で「肉体的な快楽ではなく精神的な快楽」を推奨したことは私個人も伝えて行きたい。

雑感
ストア派とエピクロス派の対立の構図は、現代でもあります。日本なら「苦労は買ってでもしろ派」と「ストレスこそが万病の元派」の存在が似た対立構造を持っているように感じます。私個人は、両方ともそうだなぁ・・と思うのですが、結局バランスよねって思います。物事を極めたいと思えば、高みに至るために必要なストレスはありますので、そのストレスを楽しめるかどうかがカギになるでしょうし、ただただ自然に沿って生きるということだけを目指せば「高みを目指すって無駄じゃね?そのストレス無駄じゃね?」ということに何の争点もない訳で、結局、最終的には自分の人生の幸福を決めるのは自分の決断でしかなくて、一切の哲学も、名言も、伝記も、ただの判断材料でしかないということに早めに気付くことは大切だなぁと思います。人々が生き方に迷うのは理想の生き方があるからでしょうけど、大体の理想はテレビや親やシステムから植え付けられたイメージによるもの・・・そこから脱却するのは容易ではないけれど、こうやって過去の人々の哲学に触れていくと次第に目が開いていくと思います。伊集院光氏が名付けた「中二病」が発症する頃は正に、哲学を学ばせるに最適な時期だと思うので、中学校の義務教育の中に「哲学」を盛り込んで欲しいと思う今日この頃・・・ま、学校は標準的な人間をつくるための仕組みなので哲学とは対極にあるのでどうにもなりませんけどね。教員だった父に正に中二の頃に「宇宙の起源」について問うたら「バカじゃないのか?」と言われた思い出は懐かしい・・・だから私は本を読むようになったし、解決を他人に委ねなくなった、そのおかげで糖質制限にも出会ったし、足の切断も回避できたし、ホボ無料で2000万円程の家も建てたし、芸能界(裏方)も経験したし、東京でも暮らししたし、日本一周もしたし、様々な経験をして人生を楽しんでいる。もしも自分の子どもが居たなら哲学系に強そうな「シュタイナー学校」に通わせたいと思った時期もあったけど、結局、運命と宿命みたいなものってあるんじゃないかと最近は強く思うようになりました。ともかく、みなさまもこの機会に是非、何か一つ哲学書でもいかがでしょうか・・・楽しいですよ♪