2021年2月26日 本日の鹿児島県北西部は雨・・強風。

春の嵐です。本格的な春の到来を予感させます・・ワクワクしますね。
そんな嵐を眺めながら透析中に考えていたことなど。

rodann


長時間透析が良いに決まっている
このブログを書き始めた頃(まだ透析ではなかった)に「透析になったらやると決めている事」の中に、長時間透析ということがありました。現状でも長時間透析にできるのならそうしたいのですが、実際にそうしようとすると、私の場合はかなり大変な労力と環境変化が伴います。先ずは持ち家があるので、通える範囲に長時間透析が存在しないことは即ち、家の売却と転居が必要になります。仮に売却せずに賃貸として運用するとしても、労力としては同じように掛かります。私一人ならそのどちらを選択してもどうとでもなりますが、高齢の父には私以上の負担となりますし、せかっく安定した日々のルーティーンを一旦リセットする事は、健全な精神状態を維持する上で非常にリスクが高くもあります。父の故郷である県は長時間透析の施設が多数あるので、転居先によっては父にとっても良い結果となる可能性もありますが、現状ではそういう場所をリサーチすることができないので、総合的に、向こう2年程度は短時間透析での現状維持が最善であろうという判断をしています。

長く生きる必要があるかどうかという問い
長時間透析をしたいというのは、「少しでも長く体調良く生きたい」からでありますが、そもそも、長く生きる必要があるかどうかというのは、私の場合はそんなに強い欲求ではありません。父を無事に見送ることができたなら、その後は短くても長くてもどっちでもいいかなという感覚。解離性大動脈瘤を発症して以来常に死と背中合わせで生きて来て、現在はもう生物としては死んでいる状態ですが、私が死ぬことによって物理的に困る人が居なくなれば、私の目標の一つは達成されます。家族を持つことをやめたのは自由に死にたいという「魂の自由」を獲得する為でもあるので、そういう存在理由からすると、父が天命を全うする瞬間まで私の命がもつのであれば、このまま短時間透析でもいいなという感じです。ただ、父も120歳とかまで生きる可能性はある訳なので・・・そこまで考慮するとやはり可能性の問題として長時間透析が良い訳ですけど・・・。ともかく、私個人は自分の命への執着は無いのです。もっともよいのは通える範囲内に長時間透析の透析病院が出来ることなんですが、そんなミラクルは今の所なさそうです。

将来どうすんの?

障害年金も無くて、仕事の収入も6万円程度で、売電契約の20年が過ぎたらその6万円程度の収入も無くなって、住宅ローンの手出しも必要になって、固定資産税もかかるし、生活費もかかるし、と未来予測をするなら、父が死んだ後は不動産売却の上で生活保護という選択肢になります。ただそれは、それが分かっていて何も手を打たないならそうなるという話。動ける透析患者である限りは、何かしらの自営業を営みながらバイトもしていると思いますし、それらの問題解決は前倒しして行っている予定です。それに、売電も20年後には倍額で買われる可能性もありますし、ベーシックインカムが実行されている可能性もありますし、政府の目指すムーンショット計画が本当に実現して、人が肉体を捨てる世界になっている可能性もありますので、結論としては、「果たすべき約束はこなしながら、最も幸せに過ごせる今を選択して行く」ということです。ともかく、今度面接を受けるA型事業所の仕事ゲットに注力致します。

雑感
扶養家族が居ないというのは本当に良かったと感じます。普通の会社員の収入以上を稼ぐ必要のある透析患者さん達の苦悩を思うといたたまれない気持ちになります。自分が本格的な障害者となって初めて、障碍者福祉というものを真剣に勉強し始めました。もしかすると、それこそが、私が辿り着くべき海なのかもしれません。私の体験を通してアウトプットされる情報が未来の人々に有益であるよう、日々を過ごして参ります。