2020年12月30日 本日の鹿児島県北西部は雨後雪・・・今回は積もるかな。

あっという間に今年も終わりますね。みなさんご苦労様でした。暖かく過ごして元気に新年を迎えましょう♬ さて、本日は哲学の日。形而上学第九巻「Θ」です

20201021



形而上学第九巻「Θ」の目次(出 隆氏訳昭和36年岩波書店発行より抜粋)

第一章 ディナミスにおける存在(可能的存在)とエネルゲイアにおける存在 (現実的存在)について。まず、本来の意味でのディナミス、すなわち 運動の能力としてのそれ。能動的な能力と受動的な能力。能力とその欠除態。
第二章 非理性的な能力と理性的な能力。理性的な能力は反対のものどもの両方に関係しうるが非理性的な能力は一力的である。 
第三章 能力(可能性)を否定するメガラ学徒の逆説に対する反論。そこから、つぎに、新たな意味でのディナミス、すなわち現実活動・現実態とし てのエネルゲィアに対する可能力・可能性・可能態としてのディナミ スについて。
第四章 無能である、不可能である、能がある、可能である、等々について。
第五章 能力・可能性の獲得方法と可能性・可能態の現実化される諸条件について
第六章 エネルゲイアに対するディナミス(可能性・可能態)、エネルゲイアの二義、すなわち運動とし現実活動としてのそれと完了的な現実態(エンテレケイア)と同義的なそれとについて。 
第七章 どのような場合に或るものは他のおのの可能態であり質料であるか。
第八章 現実態は、その說明方式においても、時間的にも、またその本質においても、可能態より先である。永遠的・必然的な実体は可能態において存することなく、永遠的な運動にもたんなる可能性は存しない。
第九章 善の現実態は善の可能態より優り、悪の現実態は悪の可能態より劣る。幾何学的定理は現実化によって発見される。 
第十章 真としての存在。非複合体および複合体の真と偽について。 

雑感
この巻は主にディナミス(能力・可能態・潜勢態の意味を持つ、アリストテレスの哲学の概念)を掘り下げている巻です。「メガラ学徒」というと嘘つきのパラドックス(「私は嘘つきである」のような文章と結論が矛盾を生むような場合)を発明したことで知られますが、「能力を否定する逆説」というものがどのようなものかを知るのも面白いですよ。2000年以上前の人達の考えた事が現代と比べてどうであるのか・・・温故知新とは良い言葉だなと私は思います。インターネットによって肥大化した現代の集合知は彼らの知性を超えることができるのでしょうか・・・期待します。