2018年9月19日 本日の鹿児島県北西部は曇り後快晴。
本日は、以前、夏井睦氏の「新しい創傷治療」のブログでも紹介されていた 伊藤真波さんについて書いてみようと思います。
不屈の人
伊藤真波さんの為にあるような言葉が「不屈の人」です。彼女は20歳の時に、自身の運転するオートバイの事故によって右腕を激しく損傷してしまいます。
***********Excite Bitのインタビュー記事より引用********
「『腕を切るなら自分の口で言いなさい。限界なの気づいているでしょ。動かない腕切って、看護師になるんでしょ』と毅然とした態度で母に言われました」。「もう切らないと間に合わない」と先生に言われ、母が精一杯口にした言葉だった。
「『無理に看護師にもならなくてもいいし、お嫁にもいかなくてもいい、一生面倒見る」と言われ家族の思いを知り、言うこと聞かなきゃだめだなと、先生に自分から『腕を切ってください』と言いました」
**************引用ここまで*************
そうして片腕となった彼女は、なんと、看護師になる夢を実現してしまうのです。不屈の闘志で・・。
リハビリの時にみた車いすバスケットボールの選手の、転んでも起き上がり前に進む姿から「私もこうありたい」と感じたそうです。彼女はパラリンピックの水泳の選手として参加されたこともあるそうで、凄いという言葉しか出て来ません。看護師、主婦、運動選手として日々を謳歌するのみならず、義手で奏でるバイオリンが又素晴らしいのです。私も楽器を使う一人として(私はヘタクソですが)、ここまで到達する努力がどれ程のものか想像すると涙が止まりません。
素晴らしい演奏をどうぞ。
雑感
私自身も大動脈解離で裂けた部分は塞がらず、まぁまぁキワドイ命のやりとりをしながら生きていますが、腕や足を失って生きるというのは、恐らく何十倍もの苦痛や恐怖が伴うことでしょう。昨年、足の切断を宣告された時、もしも、糖質制限がうまくいかなかったら、そのまま死んでいこうと思ったほどでした。だけど、伊藤真波さんのバイオリンを弾く姿を観た時「自分は何故、人間の可能性を否定したんだろう」と感じました。結局、「迷惑をかけたくない」とか「申し訳ない」だから「死にたい」という言葉は、深く考えなければ共感しがちな価値観ですが、キチンと考えたら、ただプライドに固執しているだけなんですよね。迷惑をかければいい、申し訳ないことなんてなにも無い。健常者だろうと障がい者だろうとそれぞれに重荷を抱えて重力に逆らって生きているのです、共に助け合えばよいのです。もちろん、あまりに他力本願では困りますが、全力で命を全うすれば、響き合うものは必ずあると感じます。誰の言葉か忘れましたが「我々は一つの死体を抱えた小さな魂にすぎない」という言葉が私は大好きです。私たちが目にする物質的なものは総じて死体と変わらない・・・魂の在りようこそが、私たちの存在価値を決めているのです。そんなことを感じさせてくれる伊藤真波さんの生きざまはとても素晴らしいと思うのです。
前を向くそれだけでも辛いことが時にはある、それでも、あなたは進む事をあきらめないで、あきらめないで~(明日へ向かう人:半崎美子)
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当ブログは ↓ の内容を知って貰いたく書いております。
お時間ありましたら読んで頂けるととても喜びます。
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本日は、以前、夏井睦氏の「新しい創傷治療」のブログでも紹介されていた 伊藤真波さんについて書いてみようと思います。
不屈の人
伊藤真波さんの為にあるような言葉が「不屈の人」です。彼女は20歳の時に、自身の運転するオートバイの事故によって右腕を激しく損傷してしまいます。
***********Excite Bitのインタビュー記事より引用********
「『腕を切るなら自分の口で言いなさい。限界なの気づいているでしょ。動かない腕切って、看護師になるんでしょ』と毅然とした態度で母に言われました」。「もう切らないと間に合わない」と先生に言われ、母が精一杯口にした言葉だった。
「『無理に看護師にもならなくてもいいし、お嫁にもいかなくてもいい、一生面倒見る」と言われ家族の思いを知り、言うこと聞かなきゃだめだなと、先生に自分から『腕を切ってください』と言いました」
**************引用ここまで*************
そうして片腕となった彼女は、なんと、看護師になる夢を実現してしまうのです。不屈の闘志で・・。
リハビリの時にみた車いすバスケットボールの選手の、転んでも起き上がり前に進む姿から「私もこうありたい」と感じたそうです。彼女はパラリンピックの水泳の選手として参加されたこともあるそうで、凄いという言葉しか出て来ません。看護師、主婦、運動選手として日々を謳歌するのみならず、義手で奏でるバイオリンが又素晴らしいのです。私も楽器を使う一人として(私はヘタクソですが)、ここまで到達する努力がどれ程のものか想像すると涙が止まりません。
素晴らしい演奏をどうぞ。
雑感
私自身も大動脈解離で裂けた部分は塞がらず、まぁまぁキワドイ命のやりとりをしながら生きていますが、腕や足を失って生きるというのは、恐らく何十倍もの苦痛や恐怖が伴うことでしょう。昨年、足の切断を宣告された時、もしも、糖質制限がうまくいかなかったら、そのまま死んでいこうと思ったほどでした。だけど、伊藤真波さんのバイオリンを弾く姿を観た時「自分は何故、人間の可能性を否定したんだろう」と感じました。結局、「迷惑をかけたくない」とか「申し訳ない」だから「死にたい」という言葉は、深く考えなければ共感しがちな価値観ですが、キチンと考えたら、ただプライドに固執しているだけなんですよね。迷惑をかければいい、申し訳ないことなんてなにも無い。健常者だろうと障がい者だろうとそれぞれに重荷を抱えて重力に逆らって生きているのです、共に助け合えばよいのです。もちろん、あまりに他力本願では困りますが、全力で命を全うすれば、響き合うものは必ずあると感じます。誰の言葉か忘れましたが「我々は一つの死体を抱えた小さな魂にすぎない」という言葉が私は大好きです。私たちが目にする物質的なものは総じて死体と変わらない・・・魂の在りようこそが、私たちの存在価値を決めているのです。そんなことを感じさせてくれる伊藤真波さんの生きざまはとても素晴らしいと思うのです。
前を向くそれだけでも辛いことが時にはある、それでも、あなたは進む事をあきらめないで、あきらめないで~(明日へ向かう人:半崎美子)
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