2018年6月26日 今日の鹿児島県北西部は快晴。我が家はキンキンにエアコンが効いている。


4:00
母は苦しい状態が続いている。「鎮痛剤を飲んだら楽になるよ」と言うが、首を横にふる。拒否するだけの何かがあるのだろう。励ましながら手を握っていると時折何かにすがるように強く握り返してくる。これは母の最期の戦いだ。父には寝て貰った。

5:20
痛みがピークに来たらしく、「鎮痛剤を飲む?」と問うと首を縦に振るので、オキノームを水に溶かし、とろみをつけて、口に含ませると何とか飲み込んだ。15分程すると母は深い眠りに落ちた。

6:00
褥瘡対策で体位を変える。

8:00
父が起きて来たので朝食をつくる。つい母の分を考えてしまうが、母は少量の水以外何も口にしなくなった。薬の効いている無意識化でも水で唇を湿らせようとすることすら拒否する。

9:00
私は仕事へ行く準備。となりの叔母が様子を見に来てくれる。母はよく眠っている。

10:00

重富から従姉妹と叔母が今日も来てくれて日中の面倒をみてくれたようです。

11:00
訪問看護師さんが来てチェック。血圧(70/39) 脈拍66 酸素濃度85。清拭等して頂いたそう。

11:25
血圧(99/85)看護師さんが全身をリンパマッサージして下さったようです。

14:00

「かき氷を食べたい?」との問いに頷いたらしく、オキノームを混ぜて食べさたとの事。

15:30
私が仕事から帰ると、隣の叔母、重富の従姉妹と叔母が面倒をみてくれていた。本当に感謝です。
母はよく眠っている。

16:00
体位を変え、父に任せて就寝。

21:00
に ふと目が覚めて様子を見るが、よく眠っている。しかし、呼吸は浅くなっているように感じる。暫く様子を見て、再び就寝。

22:00
起床して、父と交代。となりの叔母が来ていたので、話をしながら母の様子を見ていると、母が目を開いたままジッと辺りを見ていた。叔母を見たり、私を見たり、時折何か訴えたい感じだったのだけど、言葉にならない言葉なので、とにかく「わかっているよ、「ありがとう」って言ってるんでしょ?」と言うと力ないながらもうなずいたので「こちらこそありがとうね」と私達も返した、母の目からも涙たこぼれた。その後、瞬きもせずに周りを見続けるので、時折、私が瞼を閉じてあげた。暫くして眠りについた様子を見届けて、となりの叔母は帰った。

23:00
ずっと母の呼吸の状況をモニターしているが、呼吸の感覚が短くなっているように感じる。一生懸命生きようとしている。ブログを書き終わったら、また手を握りに行こう。

雑感
この人間という肉体を維持しようとする力の正体とは何なのか、それがあるにも関わらず、生命を終わらせようとする力とは何なのか。母との闘病を通して、生命の矛盾と向き合うにつれ、やはり、人の介在できない世界の存在を考えてしまいます。分子のレベルで意識が存在するのか、私が日ごろ思っているように素粒子そのものに自我が備わっているのか、今は誰にも解りませんが、そういう世界があると確信はしています。母は、今、人としての活動を終えようとしています。寂しさは確かにあるし、涙もどんだけ出るんだという位出ますし、鼻水も半端ないですが、実際は「俺の涙返して!」という位の世界がその先に存在していると想像すると「お母さん、この人生って楽しかったね」って言えそうに感じて、「この先の世界はきっとある、また家族になろうね」と耳元で言ってみたのでした。声にならない声だったけど「はい」と言ったように聞こえた。


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糖尿病性足壊疽の切断を回避した証明写真(グロいです)

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